ポケモンGO絡みで初の死亡事故

七月に日本でも配信が開始され、世界中多くの人が遊んでいるスマートフォンゲーム「ポケモンGO」。歩きスマホで接触事故、立入禁止区域内への侵入など、配信からさまざまな問題がおきた。そして現在、ブームのピークは越えたと見られている。
そんな中、ついに恐れていたことが起きてしまった。
23日午後7時すぎ、徳島県の県道で女性で車にはねられ死亡した。
事故を起こしたのは五王敬治容疑者(39)。警察の取り調べに対し、「ポケモンGOをしながら運転しており前を見ていなかった」という旨の供述をしているという。
死亡した女性は、中西幸子さん(72)。さらに、中西さんと散歩をしていた井川佳代子さん(60)も同時にはねられ、肋骨を折る重傷だ。
現場は各1車線の直線で信号などはなく、車の速度は50キロほど出ていたという。
加害者のながらスマホによる死亡事故。一番最悪な状態の事故となってしまった。被害者の女性が浮かばれない。
 

「ポケモンGO」初の死亡事故

徳島県徳島市方上町の県道で23日の午後7時25分ごろ、女性2人が車にはねられ、1人は重傷で1人は亡くなる事故がありました。
車を運転していた男性(39)は現行犯逮捕されました。
事故の原因は、”ポケモンGO”をしながら車を運転していたことによる、前方不注意だったそうです。
運転中に”ポケモンGO”で遊んでいたことによる、交通死亡事故は初めてとのこと。
誰もが恐れていた事故だと思います。
ゲームが楽しくて世界で流行ったのはいいと思いますが、ゲームを配信するにあたってこういった事故のことを考えなかったのでしょうか。
駄目ですよ!と言っても、やってしまう人は絶対にいると思います。
もっと安全にできればいいのにな、と思いました。

九州に旅行客を 補助金などの支援も…

熊本地震の影響で九州旅行のキャンセルが相次ぐなか、国内外から旅行客を呼び戻すために日本政府が始めた支援策の説明会が北京で開かれたとのことです。
長崎県観光振興課・井川博行企画監は「日中間の問題やSARSと色々あったが、今回が一番打撃がひどい」と話しています。
北京で28日に開かれた説明会には、日本旅行を扱う中国の会社など10社余りが参加したそうです。
九州では4月の熊本地震以来、約75万人分の宿泊がキャンセルされるなど観光業に大きな影響が出ているとのこと。
日本政府は旅行客を呼び戻すため、最高で2泊につき3万円の補助金を出すなどの支援策を来月から始めるそうです。
北京にある旅行会社、日本旅行の担当者は「金額より、その気持ちが一番良いところ」とコメントしています
九州の自治体関係者は「制度を最大限活用して旅行客復活の呼び水にしたい」と話しました。

脳死判定から4ヶ月の女性が出産

ポルトガルで7日、4ヶ月近く脳死状態だった妊婦から健康な赤ちゃんが生まれたそうだ。
「2350グラムの男の子の赤ちゃんが生まれた。妊娠32週目で合併症はない」とリスボン市内の病院が声明を発表したとのこと。
病院の声明によると、母親は脳内出血で2月20日に脳死と判定されたそうだ。だが胎児の健康状態が良好だったことから、女性の家族と相談し、妊娠の継続を決めたのだという。
今回の成功例は脳死した母親の胎児の生存期間として同国最長となったとのこと。また、ポーランドでも4月に脳死した母親から男の子の赤ちゃんが生まれているそうだ。
脳死状態の場合は他の体の器官はまだしばらくの間は動いている状態となるため、こうしたケースも起こりうるのだろう。赤ちゃんが無事に生まれてよかったが、母親がすでに亡くなってしまっているというのは何とも切ない。

新宿にニトリが出来る?

新宿の家具販売店というと、どうも大塚家具のイメージが強いのだが、今年12月にニトリがオープンするらしい。
場所はタカシマヤタイムズスクエア南館に12月。この夏に撤退する紀伊國屋社書店のあとに入るとのこと。
ニトリは去年4月の銀座店をオープン、また、今年の9月に横浜にも出店をする首都圏出店戦略を打ち出している。新宿には、今年バスターミナルや新しい商業ビルもオープンしている。訪日外国人の集客も見込める。
銀座店では、働く女性、キャリアウーマンに的を絞ってファッション性の高い雑貨をそろえたため、客足は上々だそうだ。
似鳥昭雄会長は「都心店は郊外店に比べ出店費用はかさむが、1店あたり売上高は平均を大きく上回る。人口集中が進む東京23区内など首都圏都心部への出店には今後も力を入れる」としている。目標は「2032年に世界で3千店」だそうだ。
駅側からいくと南館は少し遠いと思うのだが、オープンは楽しみだ。

野生イルカ、親代わりに子育て

野生のイルカが事故死した親の代わりに子どもを育てる行動を、近畿大学の研究チームが初めて確認したそうだ。
研究チームは2012年6月、東京都の伊豆諸島・御蔵島周辺にすむ野生のミナミハンドウイルカを観察中、漁網に絡まって死んだ親の子どもを、親ではない別のメスが連れ、授乳しているのを見つけたという。その後約100日間子育てをしていたそうだ。
代わりに子育てしたメスのDNAを調べたところ、死んだ親とは姉妹など近い血縁関係ではなかったそうだ。研究チームは過去5年の映像など観察記録を調べたが、このメスと親は特に仲が良い様子も見られない「他人」だったという。
御蔵島周辺には約120頭のミナミハンドウイルカが生息している。1994年以降、水中撮影などでイルカの個体識別の研究が進んでいるため、今回の発見につながったそうだ。親がいない子猫を犬が育てるといったケースはあるが、親代わりになった個体が子育て中や子を失ったなどの事情がある場合が多いという。今回子育てをしたイルカにはそのような事情は確認されていないそうだ。
近大の酒井麻衣講師は「人間社会の助け合いが、どのように進化してきたかを解明するヒントになり得る」と話しているという。
親を亡くした子イルカを自分の子どもとして育てるというのは、厳しい自然界ではなかなかできないことではないだろうか。今後この2匹の関係がどうなっていくのかが気になるところだ。

ペットボトル分解する細菌発見

ペットボトルや衣服の素材であるポリエチレンテレフタレート(PET)を分解する細菌が発見されたという。
発見したのは、京都工芸繊維大の小田耕平名誉教授や木村良晴名誉教授、元慶応大理工学部吉田昭介助教らのグループ。分解のメカニズムもすでに解明しており、リサイクルに活用できるという。
細菌の名称は、採取地の堺市からとって「イデオネラ・サカイエンシス201-F6」となった。この細菌は、PETフィルムの表面に張り付いて分解するメカニズムをもつ。。
現在、PET製品のリサイクルは化学的な処理によって行われている。この細菌を用いることで消費エネルギーが削減できるとのことだった。
おそらく表面からだんだんと分解していくかたちになるのだろう。ペットボトルは毎日大量に生産、廃棄、資源化されている。コストが削減できることはなによりだ。

迷子の黒猫2000km先で発見

約2000キロを移動したペットの猫が見つかりました。
アメリカ・フロリダ州の地元紙「ネープルズ・デーリー・ニューズ」によりますと、アメリカ北部のウィスコンシン州・シボイガンで飼われていた雌猫のロシアンブルー「ナディア」が、南東部のフロリダ州ネープルズで見つかりました。その距離はなんと2000キロ。
直線距離で1259マイル(約2026キロ)も離れ、東京から日本最西端の与那国島までの距離(2034キロ)に匹敵。
車を利用した場合の推定移動距離は1484マイル(約2388キロ)に達します。
高速道路を丸1日走って、やっと行くことのできる距離を、一匹の猫がどうやって移動したかは分かっていません。
と荷化k2カ月ぶりにナディアと再会をした飼い主はとても喜んでいます。ナディアはお気に入りの暖炉の前で丸まっていたといいます。

シオカラーズ初ライブ

Wii U「スプラトゥーン」のアイドル「シオカラーズ」がついに音楽ライブイベントにデビューしたそうだ。1月30日、「闘会議2016」1日目の終盤に開催された「シオカライブ 2016」は、30分という短い時間ながらこの日最高潮に盛り上がったという。
ライブの方式は、会場の透明スクリーンに設置され、ここにシオカラーズの2人が映し出されるというもの。ゲーム内では「フェス」で2人は仲良く踊っているが、目の前に2人が映し出され、1曲目「キミ色に染めて」が流れ出すと会場は大きな歓声で応えた。
今回はあくまで「スプラトゥーン」ファンのためのイベントだったが、シオカラーズが歌い、踊る姿は立派に「アイドル」として観客を盛り上げていたという。その様子は単なるゲームのキャラクターの枠を軽く飛び越えており、スプラトゥーンが来場者たちそれぞれの心に大きく響いていることがよく伝わってきて、「『シオカラーズ』はゲームの中だけじゃなく、本当にアイドルになったんだ…」と思わせるほどだったようだ。
楽曲もライブ用にアレンジされてさらにノれる感じになっていたそうで、会場にいた子供も腕を振り上げて盛り上がっていたという。今後も新曲や次回の開催など、シオカラーズの活躍が期待できそうだ。

寝たきり芸人、同情より「笑って」

難病のため、顔と左手親指しか動かせない阿曽太一さん。彼はお笑い芸人で、寝たきりの身でありながら障害をコントにしてライブやネットでネタを披露している。寝たきり芸人『あそどっぐ』は「障害は僕の武器。プロになってお笑いを続けていくには今年が正念場と思って頑張ります」と語った。
佐賀県に生まれた阿曽さんは、生後間もなく脊髄性萎縮症を発症し、全身の筋力が低下していった。幼い頃から電動車椅子で生活し、福岡県にある養護学校に通った。
明るい性格で高等部1年のときに全校生徒を前にしてコントを披露。これがお笑いへのきっかけとなった。筋ジストロフィーを患う同級生の友人とコンビを組んで、2人でプロになろうと本気で将来を思い描いていた。だが、卒業後友人が亡くなってしまう。阿曽さんはショックのあまりネタ帳をすべて捨てたという。この頃から寝たきりになった。障害者年金などを貰っていたが、自分で収入を得られる仕事がしたいと、貯金を元手に株取引を始めた。
32歳で転機が訪れる。生活支援ヘルパーから動画サイトの「ニコニコ生放送」の存在を知らされた。パソコンさえあれば、どこへでもネタを放送できるとお笑いへの情熱が再び燃えた。ヘルパーの手助けを借りて、ネタの動画を撮影、週1の投稿を開始した。
以前は障害をネタにはしなかったが、今回は迷わず武器にした。最初は視聴者がわずかで、投稿開始から数か月後にNHK・Eテレの障害者がお笑いのネタを競う番組「SHOW-1グランプリ」宛にネタDVDを送った。すると、審査を通過し準優勝を果たした。一切の株取引をやめてテレビやイベントの仕事をし、月数万円のギャラを稼げるようになった。障害者年金などと合わせてなんとか1人暮らしをしているという。
阿曽さんは、福岡市で毎月行われるライブ「お笑い番長」にも1年以上出演している。主宰のお笑いタレントの篠原けんじさんは、「舞台では障害も笑いに変えられる。彼にはその力がある」と語った。
ニコ生の視聴者は約100人まで増えた。生放送の連続登場は今月でちょうど1年になるという。「物心ついた時にはこの体。同情も感動もいらない。ただ笑ってほしい」と阿曽さんは語る。
海外では、障害者の役者も多いが日本では表立って活動している障害者の数は多くない。障害を強みにして芸人になった阿曽さんのことを少しでも多くの人に知ってもらえたらと思う。

 

 

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